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戸田市の紹介

1.姉妹都市提携に至るまでの経緯

昭和63年、美里町が自然児の村整備事業の指定を受けたことにより、戸田南FCスポーツ少年団と美里町円良田地区の子どもたちとの間で始まった交流の輪が、スポーツや体験学習等を通して次第に広がり、活発化していきました。

そして、町民から戸田市への関心が徐々に高まり、姉妹都市提携を望む声へと変わっていきました。

そこで美里町では、町民の声を受けるかたちで平成2年に戸田市へ正式に姉妹都市提携の申し出を行い、平成4年12月1日に姉妹都市として調印し、以後様々な交流事業を展開しています。

2.戸田市の紹介

戸田市は、埼玉県の南東部に位置し、美しい緑と豊かな水量にあふれた荒川の左岸沿いに延びる面積18.17平方キロメートルの街です。

東西に細長い形をした市域は、北は浦和、東は川口や蕨、西は朝霞や和光の各市と接し、南は荒川を隔てて東京都板橋区と相対しています。

また、戸田は入間川(現・荒川)と古利根川によって長い年月をかけてもたらされた典型的な沖積層の平坦地で、気候も温暖なことから古くから農耕にふさわしい土地として知られていました。昭和60年9月に戸田市民待望の埼京線が開通し、新宿まで約30分という便利さになったことと、国道17号・国道17号バイパス・首都高速道路・東京外環自動車道といった幹線道路が市内を通過し、交通の要所ともなっていることから、現状では近代的な住居・産業都市へと大きく変貌を遂げました。

3.戸田市の歴史

戸田という名の由来については、一説では「富田(とみた)」起源を発すると言われています。この戸田に初めて人の足跡が見られたのは、縄文時代の前期末(紀元前約3000年頃)と思われます。鎌倉時代に入ると、鶴岡八幡宮の社領となり、神社や寺院がいくつも建てられました。江戸時代には、戸田は幕府の直轄領となりました。この当時住人の大半は、農民であり、肥沃な土地で武州米が取れたことから“江戸の穀倉地帯”と言われました。また、戸田ガ原は幕府の御鷹場となり、ここで徳川将軍がしばしば鷹狩りを催しました。

この後、戸田は昭和16年に戸田町となり、昭和41年には全国で561番目、埼玉県では24番目の市となり現在に至っています。

4.戸田市のみどころ
戸田橋花火大会

昭和26年に始まった戸田橋花火大会。広い河川敷で尺玉、スターマインが打ち上げられる首都圏でも有数の花火大会です。荒川土手には、例年、数十万人の人出があります。

(県)戸田公園

直線2,400メートルのボートコースは、ボート競技のメッカ。全日本選手権などの主要な大会はすべてここで行われます。昭和39年の東京オリンピックの会場にもなりました。周囲の緑地を含め一帯が県立戸田公園となっています。

道満グリーンパーク

美女木堤外にある広さ約38万平方メートルのレクリエーションゾーン。芝生の多目的広場、水遊びのできる池、サイクリングロード、陸上競技場、ソフトボール場などがあります。駐車場も完備で、休日には市内外から多くの家族連れが訪れます。

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